大判例

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東京高等裁判所 昭和34年(う)1818号 判決

被告人 五十嵐正義

〔抄 録〕

本件各控訴の趣意は被告人、弁護人穴水広真、並びに東京地方検察庁八王子支部支部長検事金子満造作成の各控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用し、これに対し当裁判所は次のように判断する。

弁護人控訴趣意第二点事実誤認の主張について。

所論は、原判示第二の詐欺の事実につき、被告人には保険金騙取の意思がなかつたにかかわらず原審がこれありとして詐欺罪の成立を認めたのは事実の誤認であると主張するのである。しかしながら原判示第二の事実は原判決挙示の対応証拠を総合すればこれを認めるに十分であり、右事実によれば、被告人は原判示昭和郷西九番棟階下東側より二番目の被告人居室内に在る動産につき興亜火災海上保険株式会社及び日動火災海上保険株式会社と各保険金額二〇万円の火災保険契約を締結してあるのを奇貨とし右保険金獲得の目的で建物に放火してこれを全焼させた後右放火の事実を秘し原因不明の出火により焼失したものの如く装い保険金を請求し日動火災海上保険株式会社係員をしてその旨誤信させ同社より同社及び興亜火災海上保険株式会社分として保険金支払名義の下に額面四〇万円の小切手一通の交付を受けてこれを取得したというのであつて、その放火の事実を秘し原因不明の出火のように装つて保険金を請求した行為は明らかに欺罔行為であり、被告人に保険金騙取の意思の存するものと見るべきは当然であり、毫も経験則に違反するものではない。所論は、その目的物件が焼失さえすれば原因のいかんを問わずすぐ保険金をもらえると思うのが一般の実情であると主張するけれども、これはまつたく独自の見解であつて到底賛成し難いところであり、被告人が司法警察員に対し、又原審公判廷並びに当審公判廷において自己が故意に放火した場合でも火災保険金をもらえると思つていた旨述べている部分はこれを措信することができない。更に記録並びに当審における事実取調の結果を検討しても原判決には弁護人所論のような事実誤認は発見できないから論旨は理由がない。

同第一点原判決には理由のくいちがいがあるとの主張について。

所論は、先ず、原判示第二の詐欺の事実につき原判決の引用する証拠相互間にくいちがいがあると主張する。よつて案ずるに、原判示第二の事実の証拠として原判決が引用した原審第一回公判調書の被告人の供述中に「各公訴事実ともそのとおり相違ない」旨の記載があり、同じく原判決が引用した被告人の司法警察員に対する昭和三三年四月二三日付供述調書(検第一一九号証)中に「保険金は失火でも自分が故意に出した火災でも貰えるものと考えていた」旨の記載があることは所論のとおりであり、前者は被告人に保険金騙取の意思があつたことの自認を含むものであることは明かであるに反し、後者は保険金騙取の意思を否認する趣旨を含むものの如き観を呈するのであるが、右は決して理由のくいちがいというべきではない。何となれば刑事訴訟法第三三五条は証拠説明につき証拠の標目を掲げれば足るとし、その証拠のどの部分を採つたかを明示することを要求していないのであるから原判決に副わない部分はこれを除外し、原判決に副う部分を採り、これと他の証拠を総合して原判示事実を認定したものと解すべきであつて、かような場合にこれを目して矛盾した証拠を綜合して事実を認定したものと見るのは証拠引用の越旨を解しないために生じた誤解であるといわざるを得ない。原判決もまたその挙示の各証拠中それぞれ判示に照応する部分のみを抽出総合して原判示事実を認定したものと解し得られるのである。

原判決にはその証拠理由相互間に所論のようにくいちがいがあるということはできない。

次に所論は、原判決は原判示第二の詐欺の事実を認定する証拠として原審第一回公判調書中の「各公判事実ともその通り相違なく、別に申し添べることはない、応分の処罰をされても己むを得ない」旨の陳述並びに日動火災海上保険株式会社取締役社長飯田道彦及び興亜火災海上保険株式会社取締役社長山県勝見の各被害届を引用しているけれども右はいずれも証明力きわめて弱くかえつて反対の情況の存在することが窺われるような証拠であるにかかわらず、これを採つて保険金騙取の事実を積極的に認定したのは採証の法則に違背した結果理由にくいちがいを来たしたものであると主張する。しかしながら原判示第二の詐欺の事実は所論の原審第一回公判調書中の被告人の供述記載、各被害届並びに原判決挙示にかかる他の各対応証拠を総合すればこれを認めるに十分であつて、これらの証拠はその内容から見て十分信用するに足るものであり、その間毫も採証の法則に違反する廉はなく理由のくいちがいは認められない。所論はひつきよう原審の専権に属する証拠の取捨判断を非難しひいて理由のくいちがいありと主張するものであつて採用の限りでない。

それ故論旨はいずれも理由がない。

被告人控訴趣意中事実誤認の主張について。

所論は、原判示第二の放火の事実につき、原判決は、被告人が自己居室押入内より古新聞紙を持つて行き原判示物置内において右古新聞紙を丸めて積み重ねこれに所携のライターで点火したと摘示しているが被告人は自室より新聞紙を持つて行つたことなく、又物置内で火をつけたこともない。又点火するのにライターを用いたかどうかは記憶していないと主張するのであるが、原判決の挙示する証拠である司法警察員田中清二作成の昭和三二年一〇月三〇日付実況見分調書、星野泰秀、小林正、太田養治、松田脩子の検察官に対する昭和三三年四月二一日付各供述調書、原審第一回公判調書中の被告人の供述記載、被告人の昭和三三年四月七日付手記、司法警察員に対する同月九日付、同月二二日付並びに検察官に対する同月一七日付各供述調書によれば、被告人が原判示昭和郷西九番棟階下東側より二番目の被告人居室押入内より古新聞紙十五、六枚を取り出し同棟東側階段下の物置内の板壁に接して置いてあつた古茣蓙等の上に古新紙を二、三枚宛丸めて積み重ね、これに所携のライターで点火し右板壁に燃え移らせて放火した事実を認めるに十分であつて、被告人の当審における右認定に反する供述は前記各証拠に対比したやすく措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

記録を精査して見ても原判決には所論のような事実誤認の廉はいささかも存しないから所論は採用し難く論旨は理由がない。

弁護人控訴趣意第三点並びに被告人控訴趣意中量刑不当の主張について。

所論は、原判決が被告人に対して無期懲役を言い渡したのは量刑重きに過ぎるものと主張するのであるが、右は後段に説示するように当裁判所の見解と全く相容れないものであり到底採用することができないから論旨は理由がない。

よつて被告人の控訴は刑事訴訟法第三九六条に則りこれを棄却すべきものとする。

検察官控訴趣意量刑不当の主張について。

所論は原判決が被告人に対し無期懲役を言い渡したのは量刑軽きに失するものであると主張するものである。よつて所論に鑑み記録を精査し当審における事実取調の結果を検討し、証拠にあらわれた諸般の事情を総合考量して原判決の量刑の当否を案ずるに、本件犯行は被告人が火災保険金騙取の目的をもつて計画的に多数世帯の現住する建物に一度放火し、事意の如くならず終るや、重ねて第二回目の放火を敢行し三十数世帯の住居として使用する木造二階建バラツクの建物二棟及びその附属建物を全焼させた上、保険会社より保険金を騙取して所期の目的を遂げたものであつて、その動機においていささかも酌量すべき余地なく、殊に第二の放火の態様を見るに昭和郷西九番棟は階上階下各八室に合計十数世帯が居住し出入口も東西両端に各一箇所あるのみで、その二階居住者には老幼婦女子多く避難の施設も極めて不完全であつてひとたび火災ともなれば悲惨なる結果を生ぜしめるに至るべきことも予見に難くない状況であるにも拘らず、いささかも意に介せずその東端出入口にあたる階段の下附近に火を放ち、しかも、被告人において、人身に対する被害を最少限度に食い止める気さえあつたならば、火勢末だ熾烈とならざるに先だち居住者に火災の発生を告げることもできたであろうに、その措置をも講ずることなく、ために逃げ場を失つた自己の妻とよ子の実母、実妹を含めた婦女子老人八名をして火煙の裡に非業の死を遂げさせ、太田養治等六名に傷害を負わせるに至つたものであつて、その心情たるや冷酷無残、まさに天人共に許さざる兇悪非道の犯行であつて、その罪情の重きこと、かの財物強奪を企てた人を殺害する行為に比しても毫も劣らざるものというをはばからない。しかも、犯行後いささかの反省の色もなく、第一の放火についてはアリバイを工作し、第二の放火直後には自己の犯行を隠蔽し放火の責任を焼死者に転嫁しようと企て、焼死者の一人が怨恨により放火したと思わせる如き偽手紙を作成してこれを焼失建物に居住していた罹災者に宛てて発送し、みずからは火災保険金四〇万円を騙取しこれをもつて住家を購入しているのであつてその行動は狡猾卑劣にして利己的であるというの外はない。

被告人は生来、孤独、内向的で神経質、感情的に過敏な性格であり意志不安定の傾向があり、青年期に受けた頭部外傷による影響があつたとしても、本件犯行当時は略々社会水準の知能を具え、軽度の抑欝的な気分変調の状態にあつたには相違ないがそこに妄想、幼覚、異常体験等の狭義の精神症状は認められず、また意識障碍のあつた様子も認められない状態にあつたものであり、いわゆる心神喪失ないし耗弱の状態に在つたものとは認められない。しかして、被告人がその将来に望を嘱していた長男の教育資金の調達に苦慮していたことが犯行の動機に関連するところがあつたとしても、それは、被告人の収支の均衡を顧みない無分別な生活態度に基因して自ら招いた経済的窮乏であることを反省しなかつたがためというべきであり、現在改悛の情が認められるとしても、被告人の行為によつて生じた被害の巨大なること、社会公共の安全をおびやかした度合の甚大なること、更にまた猛火の裡に生命を失つた人々並びに痛恨やるかたなき遺族、罹災者の上に思を致すとき、被告人に対する処置は当然厳たらざるを得ない。刑法第一〇八条に掲げられた法定刑の幅は広いものがあるが、当裁判所は、特別予防並びに一般予防の双方の面から、慎重に考慮を重ねた結果、被告人に科するに極刑をもつてするこそ、よく刑政の目的に適合するものと考えるに至つたのである。しかるに原判決は事茲に出でずして被告人に対し無期懲役を言い渡したのは、その量刑不当に軽かつたものといわなければならない。してみれば、検察官の論旨はその理由あるものというべく、原判決は到底破棄を免れない。

よつて検察官の控訴につき刑事訴訟法第三九七条、第三八一条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に則り自判することとする。

原判決の確定した事実に法律を適用すると、被告人の原判示所為のうち、第一及び第二の各放火の点は各刑法第一〇八条に、第二の詐欺の点は同法第二四六条第一項にそれぞれ該当し、以上は同法第四五条前段の併合罪であるが、判示第二の放火罪につき前記情状を考慮し所定刑中死刑を選択するので、同法第四六条第一項本文により他の主刑を科せず、被告人を死刑に処する。又押収にかかる一ガロン罐一罐(東京地方裁判所八王子支部昭和三三年証第八〇号の一)、麻細紐若干(同証号の五、六)ガソリン臭のある液体(同証号の七)、マツチ軸一一本(同証号の八)は判示第一の犯行に供したもの、金鳥印蚊取線香約二巻(同証号の二)は同犯行に供せんとしたもので、いずれも犯人以外の者に属しないから同法第一九条第一項第二号第二項によりこれを没収し、原審及び当審における訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項但書によりこれを被告人に負担させないこととする。

以上の理由により主文のとおり判決する。

(長谷川 白河 関)

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